『秋田温泉巡り♨️涙を流すマリアさま』
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なまはげ👹は見た目こそ鬼のようですが、この地区では神の使いなのでツノはなく、一般的に言われる「悪を戒める鬼」とは少し異なります。
実は、田畑の豊作や無病息災をもたらす神の使い――「来訪神」として人々に福を運ぶ存在なのです。
今回は、秋田の真山神社⛩️を参拝し、男鹿真山伝承館で「なまはげ体験」をしてきました。
そこに流れているエネルギーが、東北の民間信仰に共通する独特の波動とよく似ていたため、今日はその印象を書いてみようと思います。
伝承館の空間は、まさに神のエネルギーに満ちていました。
私たちの家の神棚と同じように、天照大神と隣接する真山神社の御祭神が祀られています。
(ツノのあるなまはげもいます👹真山地区のなまはげは神のお使い)
ただ、その家の中に感じたのは、天に抜けるような澄んだ光の気ではなく、重く暗く深く籠るようなエネルギー。
天照大神+真山神社の神+土地に根づく人々の思念――それらが混ざり合った「人気(にんき)と神気(しんき)の融合」のようでした。
人々の願いや想いが集まることで生まれる“想念の神”。
そのエネルギーは、どこの神社にも存在しています。
人気(人の気)が強まると、神気が少し遠のいてしまうこともありますが、人の想念そのものもまた生き物のように、人の祈りに応じて働くものです。
私たち人間にも、そのような想念の力=念力が備わっています。
想念体として観える“ろくろ首”のような存在も、この念力の働きの一つであり、
「思いは叶う」「思考は現実化する」と言われる“望む現実”や“引き寄せの法則”も、
すべてこの思いの力の現れといえるでしょう。
この“思いの力”は、私たちが想う以上に大きな影響をもち、
一瞬一瞬に自らの世界を形づくっています。
ただ、忘れてはならないのは、
自我の創造の力は、良くも悪くも因果の法則の支配下にあるということです。
ここでいう“念”は、真我霊(まがたま)からの導きとはまったく異なる次元のものであり、
真我霊からのものは愛しかないので、因果法則から超然として在ります。
真我霊から顕れるものは、もはや「思考」や「願望」ではなく、
愛そのものが自然に現れてくる“真の創造”です✨
そこには意図も努力もなく、ただ調和と生命(いのち)の流れがあるだけ。
それは因果を超えた、真中神の愛の現れなのです。
――それをはっきり区別して知ることが大切です。
東北の民間信仰のエネルギーには、土地の歴史と人々の心が深く染み込んでいます。
厳しい自然の中でも、苦難を笑い飛ばし、耐え忍びながら生きてきた人々の魂の重みが感じられ、その“重さ”暗さ”もどこか温かく、力強く響いていました。
地域によってエネルギーの質が異なるのも、日本の信仰の豊かさですね。
なまはげは、実際には村のおじさんたちが演じる、怠け者を諭す優しい鬼。
東北では、大晦日の夜にこの行事が行われ、一年の厄を祓い、来年の豊作を祈って新しい年を迎えます。
人々の心のつながり、そして「神さまはいつもそばにおられる」という感覚に包まれる、あたたかな集落でした。
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👹なまはげ豆知識
• 語源:「囲炉裏に長くあたってできる火傷の痕=ナモミ」を方言で「ナモミ」といい、それを包丁で剥いで戒めたことから“ナモミハギ→なまはげ”と呼ばれるようになりました。
• 役割:怠け者を戒めるだけでなく、厄を祓い、家族の健康や五穀豊穣を祈る神の使い。
• 文化的地位:1978年に重要無形民俗文化財に、2018年にはユネスコ無形文化遺産に登録。
• 実際の行事:恐ろしい見た目とは裏腹に、家々では正装で迎え、酒や食事を供え、感謝と敬意をもってもてなされます。
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秋田の風に吹かれながら、
「鬼の顔をした神の使い」が、今日も人々の幸せを見守っているのを感じます。
今日もお読みいただきぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨様々なエネルギーと3箇所の温泉♨️を楽しんだ旅となりました❣️






