秋田の温泉巡りに行ってきました♨️
男鹿温泉とGAO水族館、乳頭温泉、他に行ってきました。
田沢湖を通って武家屋敷から秋田市内に帰って来ました。新幹線の時間まで涙を流す奇跡のマリアさまと市内の温泉に入りました。ぬめりがあって素晴らしい温泉ですね♨️
(どこもきりたんぽ鍋 甘味噌をつけて焼いたのが美味しかった😋)
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キリスト教だけではなく仏教、神道のメッセージも罪と罰に基づくものが大半です。
耳の聞こえないシスターに降りて来たマリア様のメッセージを随分前に読んでずっと疑問に思っていました。
なぜなら私の知る神と違って書き記された言葉自体は、怖いメッセージだからです。その奥の真中神の御心から、その疑問も解消されたと感じたのでシェアさせて頂きます。
みなさんはどう感じられるでしょうか。
秋田市内にその修道院はあると聞き友人と尋ねてみました。
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🔸この地上界における神々
たとえば宗教における「天の父」「裁きの神」「怒る神」は、
実は人間の”集合意識の投影”
人々が「罰を恐れ」「善悪で秩序を守る」段階にあるとき、
神もまたそのレベルに合わせて、秩序と懲戒を司る存在として顕れるのだと思います。
そう映さねば人が理解できない世界において、
神が“教育的な姿”を取らざるを得ないのです。
いわば、まだ幼い心の段階に合わせて、厳しい親の仮面をかぶるようなものです。
そうするとメッセージは、
悪い事を改めないとお尻を叩きますよ。。
脅して改めさせるというような感じになります。
☀️真中神の世界では
そのような罰や報いは存在しません。
それはすべて幻想の中の出来事。
真中神の世界では愛しかない
そもそも分離も罪も起きていないからです。
故に赦しもない
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🔹宗教における「神」
多くの場合、人間界と高次界をつなぐ中間層(人間界の神次元)におられます。
そこにはまだ二元性があり、善と悪、光と闇、因と果の法則が働いています。
そのため、そこでは「罰する神」「救う神」という対立構造の中での教育が行われるのです。
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神は変わらずとも、人の意識が変われば、神の姿の映り方が変わる。
恐れの意識には裁く神が映り、
愛の意識には抱く神が映る。
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すべては人の心が創り出すのです。
✨秋田のマリアさまの御言葉✨
ヨハネの黙示録にあるように、
光と闇が入り混じるとき、
心に問われるのは、恐れではなく、信じる愛です。
愛を忘れ、互いを責め、
自らを苦しめているその痛みを、
御父は深く心を痛めておられます。
神の御子であるあなたたちの心には、愛の種が宿っています。
その種を大切に育てなさい。
愛と思いやりをもって互いに助け合い、
悪の声に耳を貸してはなりません。
人の心が神から離れると、
そこに罪という思いが生まれ、恐れが根づきます。
その恐れが、まるで天の罰のように世界を覆ってゆきます。
あなた方には理解できないかも知れませんが
それは神の怒りではありません。
あなたたちの心が映し出している影にすぎないのです。
思い出してください。
神はあなたを裁くことなく、決して見捨てることもありません。
どんな時も、あなたは神の子として愛されています。あなたも御父を悲しませるのではなく喜ばせなければなりません。
恐れを手放し、愛に還りなさい。
そのとき、世界は新しく生まれ変わります。
ヨハネの黙示録が語る「新しい天と新しい地」は、
遠い未来のことではありません。
それは、あなたの心が愛に目覚めた瞬間に、すでにここにあるのです。
御父の御心に還り、
どうかその愛の世界を、今ここで生きてください✨✨
✨
これは真我霊の伝えている事と同じですね。
神の子である自分を忘れた人々が、エゴ(自我)を自分だと思い込み、 恐れや欲望に支配されて互いに争う。
正に地獄絵図のようになった世の中
この事をマリアさまは嘆いていらっしゃる
イエスの様に真我霊を生きなさい
そうすれば
「見よ、新しい天と新しい地が現れた。
もはや死はなく、悲しみも叫びも痛みもない。(黙示録21章)」
というのは、
外の世界が変わるのではなく、
心の中が完全に癒され、恐れや死が存在しない“神の王国”が現れる。
神の愛に完全に目覚めた意識の世界=真中神の御心のままに生きる世界のことです。
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最初にマリアさまは
「あなたが来ることは分かっていました」と仰いました。
巡礼に来る方々のことは、すべてお分かりになっているようです。
この日は外国からも何人かの方がいらしており、
こちらの修道院は「涙を流す奇跡のマリアさま」として有名なのだそうです。
メッセージは「ヨハネの黙示録にあるように〜」から始まったのでキリスト教に詳しくない私は何度か”分かりやすく”とお願いして簡単ですが受け取りました🙏
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✨全聾の修道女の聞いたマリアさまからの御言葉✨
愛する私の娘よ。 これから私の話すことをよく聞きなさい。そしてあなたの長上に告げなさい。 前にも伝えたように、もし人々が悔い改めないなら、 御父は全人類の上に大いなる罰を下そうとしておられます。 その時、御父は大洪水よりも重い今までにない罰を下されるに違いありません。 火が天から下り、その災いによって人類の多くの人々が死に、司祭も信者とともに死ぬでしょう。 生き残った人々には死んだ人々を羨むほどの苦難があるでしょう。 その時私たちに残る武器はロザリオと御子の残された印だけです。 毎日ロザリオの祈りを唱えてください。 ロザリオの祈りを持って司数、司祭のために祈ってください。 悪魔の働きが教会の中にまで入り込み、司教は司教に対立するでしょう。 私を慕う司祭は同僚から軽蔑され攻撃されるでしょう。 祭壇教会が荒らされて教会は妥協するものでいっぱいになり、悪魔によって多くの司祭、修道者が辞めるでしょう。 特に悪魔は御父に捧げられた霊魂に働きかけております。 たくさんの霊魂が失われることが私の悲しみです。 これ以上罪が続くならもはや罪の許しはなくなるでしょう。 勇気を持ってあなたの長上に捧げてください。 あなたの長上は祈りと贖罪の業に励まねばならないことを一人一人に伝えて熱心に祈ることを命じるでしょうから。
(1973年)
旅の続きは次回→
2025.10.17


