日記
神様や御神木に
お天道さまやお月さまに
人は祈りを捧げる
.
ーーーただ
私という生命(いのち)
私という存在――真我霊
.
ここにこそ
在る
.
外も内もなく
私そのもの
.
手を合わせることも私の映し
.
神社の神も
お天道様も
自然も
私も
.
すべては
同じ現れ
.
外に手を合わせても
内に手を合わせても
合わせなくても
.
祈りは
存在そのもの
.
真ん中の
静寂
.
――私そのもの
.
すめみま🌟
2026.3.7
『生命の錬金術:食べなくても、微生物たちが栄養を創り出す?』↓
続き→
微生物ちゃん第3弾です
カラダに良いもの悪いもの
ありますよね〜
でも究極、微生物がイキイキ働いてくれたら私たちが悪いと思っている食べ物も分解再生しちゃう
そう感じます。
その生き生き働く肉体ってどんな肉体でしょう。
バクチャーのコウタくんは微生物に愛情いっぱいで話しかけると話していましたが、植物でも動物でも鉱物、はたまた物までも愛で接すれば必ず応えてくれます。
私たちは、このカラダという内なる宇宙の統治者は自分だ、と思っているかもしれません。
だから元気でいるために管理しなきゃ。
病気にならないよう整えなきゃ。
でも——
もしかしたら
その「こうしなきゃ」が、
少しだけ力みを生んでいるのかもしれません。
そんなあなたに今日はお届けいたします
(能登の大地震の時に日本最大級のペンギンプールをもつすみだ水族館に避難してきたペンギンちゃん達。ちょっと戸惑ってる?それとも興味津々?🐧あれから2年元気でスイスイしてるかな)
1. 唾液は「はじまりの海」
私は食べるとき、唾液で転がすようにゆっくり味わうのを大切にしています。
口の中、特に唾液は何千億もの微生物がひしめき合う「はじまりの海」。
外からの空気や食べ物が、内なる宇宙の住人たちと出会い、ひとつの生命の音楽として混ざり合っていきます。
「幸せだなあ」と味わうとき、唾液は黄金のスープのように感じられます。
でも――
いつも幸せでいなければいけない、ということではありません。
嬉しい日もあれば、ぼんやりした日も、ちょっとザワザワする日もある。
波も含めて、海は海。
心の奥の真中神の海はいつも平和で静かな喜び
だから整えようとしなくても、無理に管理しなければ、生命はちゃんと動いている
|
2. 微生物は「心の音」を聴いている?
内なる宇宙の微生物たちは、私たちの思いや感情が生み出す「響き」に反応しているように感じます。
安心しているとき、どこか全体がゆるみ、調和している感じ。
葛藤しているとき、どこかがきしむ感じ。
けれども、ここでも大切なのは——
「だから良い周波数にしなきゃ」という話ではないということ。
不調もまた、生命の動きのひとつ。
炎症も、分解も、再生も、すべては流れの中の現象。
失敗でもなく、ただ起きている。
|
3. ウイルスという「情報のスープ」
今、私たちの周りにはウイルスという名の「情報」も漂っています。
でも、怖がる必要はありません。
感染もまた、生命の現象のひとつ。
私たちが完全にコントロールしているわけではなく、ただ起きている。
敵に襲われるというより、大きな生命のスープの中での出来事。
健康も、感染も、回復も。
波のように現れては消えていく。
だからこそ「完璧に管理しなきゃ」と力むよりも
邪魔をせず、流れのまんなかで寛いでいること。
それが、結果的にいちばん自然な調和なのだと感じます。
(微生物ちゃんもペンギンたちもその場その場で調和の音楽を奏でる🎶)
😊微生物ちゃんの意識をマンガちっくにしてみると
キミ達の”こうしなきゃ”が
ぼくたちの働きのストッパー
がんばりすぎると、不自然になって
みんなばらばらダンスでコケちゃうよ
⸻
特別なルールも、難しいメソッドもいりません。
周波数のマッチングもあるけれど、だからっていつもハッピーでワクワクしていなければならない、それが返って微生物のバランスを崩しソマチッドが逃げちゃうかも知れません😅
微生物ちゃんの呟きから、それが分かります。
いつもハッピーでいようとしなくていい。
何とかしようと握りしめなくていい。
頑張って泳ごうとしなくてよい
自分の中のそして外の
愛おしい住人たちと
この美しい世界を生命の流れのままぷかぷかしていたいですね👍
⸻
今日もお読み頂きぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨
水族館でペンギンさんを見ていると🐧彼らはただその流れの中で躍動しています
私たちのカラダも、オーラも、空気も、
何もかもひとつのスープ。
境界線をなくして
このたくさんの微生物ちゃんと共に在る
濃厚なスープを感じてみよう
今日も真中神の生命の流れのまま自然に✨
2026.3.5
『カラダも真中宇宙✨ソマチッド(エクソソーム)微小生命体』
↓
https://sumemima.com/?p=23201
続き→
今日は微生物ちゃん第2弾です。
「食べ物を取り込まなくても、微生物たちが勝手に栄養を作ってくれるわよね??」
そんな疑問を自分の「真ん中の心」に投げてみたとき、私の内側で鳴り響いたのは、驚くほど軽やかで瑞々しい、生命のオーケストラの調べでした🎶
|
1. 16時間の空白が生む「内なる錬金術」
最近の私は、16時間の空白をあけて、朝昼一緒の食事前に、ぬるま湯の重曹クエン酸(以前Blogで紹介しました)で体を目覚めさせ下地を作ります。
そして一日の最初の食事を「幸せだなあ」と味わっています。食事の間も3時間はあけています。
食べていない時間が癌細胞など不要なもののお掃除時間と感じます。
そして少ない食事が思考も体もエネルギーも澄み切った状態になると感じています。
世間では「栄養を入れなきゃ衰える」という話が一般的ですが、実は私たちの内側の住人たちは、空気やわずかな材料から、必要な栄養を**「錬金術」**のように作り出す力を持っているようです。
外からの供給を一度止めて「空っぽ」になることで、彼らは本領を発揮し、炭素を組み替え、自らエネルギーを生み出し始めます。この内なる自給自足が、私の肉体の真中宇宙を支える、何よりのガソリンになっています。
2. 真中神という「生命の音楽」
このオーケストラ全体を包み、流れている響きそのもの。
それが**「真中神(まなかみ)の生命の流れ」という音楽**です。
ソマチッドは「光の指揮者」
このオーケストラの要(かなめ)が、ソマチッドです。
彼らは空気のスープから光の振動を受け取り、私たちの土台である**「炭素**へと命の火を灯す、いわば光を熱に変える変換器。
指揮者がタクトを振るには、空間に「ゆとり(真ん中の心)」が必要です。「あぁ幸せ」と、余計な物語を削ぎ落としたとき、彼らは最高に輝き始めます✨
現場を整える「掃除係」と「楽器」
指揮者が光の曲を奏でようとしても、場が乱れていては響きません。そこで活躍するのが納豆菌たち。最強の浄化力で場を掃除し、指揮者が光を届けやすい「真っ白な空間」を保ってくれます。
(納豆菌水の目薬は目やにがもくもく出てキレイになります。ペットの目やにももちろん消えます。家族の何十年悩んだ背中ニキビが消えました。)
そこにミドリムシや他の微生物たちは、瑞々しい音色を奏でる「楽器」そのもの♪
すべてが真中神の音楽というひとつの流れの中で、ただ美しく響き合っています。
3. 邪魔をしない、自然のままという最高の調和
もちろん、これらは現代の科学という物語で証明されたお話ではありません。(私の感覚です。)
でも、そんな「外側の物差し」を脇に置いて、自分の体感を信じてみると、そこには揺るぎない「真実の響き」があります。
「食べなきゃ」という恐れも、「こうあるべき」という力みもいらない。
ただ「幸せ」を感じて、自然な感覚に従い、生命のスープの中でぷかぷかと泳いでいるだけで、住人たちは勝手に、奇跡を起こしてくれます。
でもそれは当たり前のこと。
自然界の循環。
私はただ、その流れを**「邪魔しないだけ」**。
自分の中の愛おしい住人たちと、今日も最高のハーモニーを奏でていきたいですね🎶
|
今日もお読み頂きありがとうございます✨
また水族館に来ています🐠
ここでいただくソフトクリームもカフェラテも好き😋
私たちのオーラも取り巻く空気も、魚たちの周りの水のよう。
ペンギンさんのように、境界線の消えた生命のスープの中で、私たちもおなじ生かされているのね
神の息に感謝✨
|納豆菌
• どんな環境でも生き抜く「芽胞」の盾
100℃の熱や強烈な胃酸を潜り抜け、生きたまま現場(腸)に到着します。
• 圧倒的な繁殖力による「浄化」
30分に1回分裂し、16時間で40億個に増殖。その生命力で不要なものを圧倒し、舞台を磨き上げます。
• 唯一無二のサポート
血栓を溶かす「ナットウキナーゼ」や骨を助ける「ビタミンK2」を自ら生成し、舞台裏から私たちの健康を支え続けます。
酒造りの現場で「納豆禁止」とされるほどの強すぎる浄化力。宇宙レベルの「お掃除パワー」
2026.3.4
昨日、山本先生とお食事をご一緒した際に伺った「ソマチッド」のお話が、心に残ったので書かせて頂きます。
私は微生物オタク?です。
ミドリムシ水(ユーグレナ)や納豆菌水を作ったり、酵素玄米やコールスロー、床漬けに甘酒など作って微生物と仲良くしてます💞でも大体なんでも食べます。
今度の引越しで、長年慈しんできた「バクチャー水槽」の小宇宙を一度リセットするのですが、改めて「目に見えない住人」たちへの意識が深まっています。
人間のカラダも、数多の住人が住まう「真中宇宙(まなかうちゅう)」です。私は毎朝、彼らが一晩かけて作り上げた「傑作集(お通じ)」をチェックするのが日課😆
ここにみんなが元気かが現れますからね〜
微生物たちに語りかけるとき、なんだか嬉しくなります💞
そんなお話の流れで、山本先生が教えてくださったのがソマチッドの「家出」の話です。ソマチッドは以前山本先生に頂いたバクチャーエッセンスに大量に入っているそうです。
↓
「お酒やタバコ、食事を自由に楽しんでいる人の体にはソマチッドが居着くけれど、健康に神経質になりすぎている人の体からは、逃げ出してしまう」
「逃げちゃう?」――なんて面白い
もちろん、これは「不摂生をすればいい」という物質的な話ではないんです。
お酒やタバコが良い悪いということを越えて、**「その人の心が、今をどれだけ謳歌して開いているか」**という話。
その証拠に、ソマチッドの声を逃げちゃうをとして受け取ってみたら、こんな答えが返ってきました。
私「なぜ毒のないカラダに良いものを厳選して食べている人のカラダから逃げちゃうの?」
ソマチッド「嫌だよーそんな場所には居たくないよ!僕たち炭素が必要なんだよ」
これが第一声でした。
「え〜っ炭素??聞いた事はあるけど何ですか??」
調べてみると彼らにとって、炭素は「結びつき」の象徴です。
炭素(C)は、他のあらゆる元素と手を繋ぎ、生命という複雑な絆を織りなす結合のプロフェッショナル。
「これは毒、あれは不潔」と境界線を引き、恐れで何かを排除しようとするのは、炭素の「結びつく」性質とは正反対の「拒絶」の物語。
器としての炭素があっても、冷たければ彼らは居場所を失います。逆に、たとえ何を口にしていようと、「美味しいね、ありがたいね」と受容して、生命の火を盛大に燃やしている場所が、彼らは大好きなんです。
「健康でいなきゃ」「間違っちゃいけない」という重たい物語を足せば足すほど、炭素の輝きは失われてしまいます。
逆に、何を選び、何を口にするか以上に、「どんな物語も足さず、真ん中の心で今を味わっているか」
その自由な響きの中に彼らはただあります。元々どこにでもいるソマチッド、特別なものは何ひとつありません。
以前、ケンタッキーを子供達と食べた時に油っぽい食べ物が苦手な私は、大丈夫かしら。。そう思う私に神様は、「感謝してよく噛んで喜んで頂きなさい」と伝えて下さったことも思い出します✨
あの人はあんな人だから苦手、この人は気が合うから好き
真我霊は、その判断を超えた真中宇宙の愛の橋をかけてくれます🌈
おんなじですね❣️
|
それから微生物たちには、縄張りもあるそうです。その中で調和をとっていますが、突然良いからといって「新しい菌(住人)」を入れると、元々の住人たちが大騒ぎして追い出そうとすることもあります。
そしてお腹を下す
良いと言われている物を食べてもバランスが一気に崩れてしまう事も。
そんな時は、「新しい子が来るからね、仲良くしてね」と少しずつ摂りながら合うか試してみる事も優しさかも知れません。
すると彼らはびっくりせず、手を繋ぎ合ってくれたりします。
「なんでも感謝していただく」
そんな真ん中の心で、明日も軽やかに楽しんでいきたいですね。
真ん中の心はすべてに当てはまるのですよ👍
→『生命の錬金術:食べなくても、微生物たちが栄養を創り出す』
- 超微小・高耐久: 赤血球の約1/1000のサイズ(約80nm)で、高熱・低温・無酸素・強酸・放射線でも死滅しない。
- 生命体説:
意志や知性があり、健康状態によって動く、または殻に籠もる。
約5億年前に誕生した植物と動物の両方の性質を持つ微細藻類です。59種類もの栄養素(ビタミン、ミネラル、アミノ酸等)をバランス良く含み、細胞壁がないため栄養の消化吸収率が高いのが特徴。健康食品やサプリメントのほか、バイオ燃料、飼料、化粧品など様々な分野で活用されています。
2026.2.27
愛に支えられていると気づくとき、
本当は愛の外に出たことが一度もなかったと分かります。
それが、真ん中です。
⸻
私たちの自我は、
物語の中に立ち上がるキャラクターのようなものです。
・役割を持ち
・欲望や恐れを抱き
・「私がする」「私が得る」と動く
・それを自分だと思い込む
形が揺れると、葛藤や苦しみが生まれます。
永遠に変わらないものではないし、今もコロコロ変わる。
これは、海に立つ波のようなものです。
⸻
神(仏)もまた、
物語の中ではキャラクターとして現れることがあります。
・祈りの対象
・力を持つ存在
・守る者、与える者
けれどそれも、
海とは別の存在ではありません。
波のひとつの形として立ち上がる象徴です。
⸻
では、真我霊(まがたま)とは何か。
真我霊は独立した存在ではありません。
真中神とは別の霊でもありません。
けれど体験の中では、
エゴの見方をやわらげ、
視点を真ん中へ戻す“導く質”のように感じられます。
それはまるで、夢にうなされている子に
「大丈夫よ」と朝日(真中神)をそっと入れて寄り添うお母さんのように感じられることがある。
しかし――
お母さんが外から来るのではありません。
それもまた、海の動き。
波の揺れが少し静まり、
もともと海だったと分かる流れ。
エゴの見方をやわらかくほどき、真ん中へ戻す質として体験される。
私たちはその質を真我霊と呼んでいます。
⸻
けれどさらに静かに見ると、
エゴが実体ではなかったと分かるとき、
真ん中に戻す存在として感じていた真我霊も、
海の働きそのものだったと静かに分かります。
導く者と導かれる者が
もともと分かれていなかったと分かるからです。
海しかなかったと。
⸻
真中神は、その海そのものです。
生命そのもの。
愛そのもの。
静けさそのもの。
叡智そのもの。
何かをする主体ではありません。
どこかから介入する存在でもありません。
すべての波を含みながら、
偏ることなく在る動的な全体。
⸻
出窓から見たスカイツリー縦窓が額縁の様にぴったり収まっています。贅沢でした😌)
愛が支えている、というよりも
愛以外のものが存在していない。
だからこそ、
私たちは「愛に支えられている」と感じます。
支える存在と支えられる私が
別々にあるのではありません。
もともとその愛の生命の中に在る。
この真ん中に立つとき、
無理に何かを変えようとしなくても、
“現れは自然に整い、静かに変わり始めます。”
✨✨✨
神がいなくても大丈夫。
願いが叶っても叶わなくても大丈夫。
葛藤や不安も、波の揺れとして見えてきます。
自分が人生を支えているのでもなく、
外の存在に支えられているのでもなく、
肩書きや役割が支えているのでもない。
すでに、海の中に在る。
それが、真中神の生命です。
⸻
未来の心配が静まるとき、
それは何かを得たからではありません。
もともと離れたことがなかったと
分かっただけです。
周囲の人も出来事も、
同じ海の波。
すべてが、
真中神の生命の現れです。
だからどうぞ、
どうぞ安心して、ゆったりと寛いでいてください。
愛に支えられているのではない。
もともと愛しかないのです。
🌟すめみま…シリーズ3までお読みいただき、ありがとうございます。
目の前の人と分かち合うあたたかさの中に、
すべてがほどけているのかもしれません。
その人をただ寛いで見つめていると、
どこか懐かしい
あたたかな深い静けさに触れることがあります。
名をつけるなら、それを真中神、真我霊と呼ぶのでしょう。
静かな愛と平穏は、
いつも、ここにあります。
神社の神に御祈願して願いが叶ったとき、それは本当に「神が叶えた」のだろうか?
私の中で起きていた整理はこうです。
人格神を私は「キャラクター」として理解している。
キャラクターとは、
• 物語の中で機能する存在
• 役割を持つ
• 性格や力を与えられる
• でも物語の外では実体ではない
たとえば小説の登場人物のようなもの。
物語の中では本当に生きているように感じられる。
助けたり、守ったり、導いたりもする。
でもそれは物語という構造の中での働き。
人格神もそれに近い。
創造主という役割も、物語の中で与えられた機能のひとつだ。
世界をつくった存在、人間を生み出した存在。
そう語られるとき、それは“創造主というキャラクター”になる。
|
では、なぜ祈ると現実が動くことがあるのか。
それは、外の神が動いたのではなく、生命の流れがその形をとっただけだ。
私は真中神の鏡のように、物語の神を外に映す。
少し違うけどまるで自作自演のよう。自分が自分に願いを言ったようなもの。
そして現象が起きた。
叶うこともある。叶わないこともある。
叶わないときは「生命の流れが正しかった」のでもないし、「私が間違っていた」のでもない。
願いも現象も、どちらも生命の流れとして起きている。
自我には理解出来ないもの。
単純な原因と結果だけで説明できるものではない。
だから一致することもあれば、しないこともある。
|
ここで大切なのは、生命の流れを神格化しないこと。
流れが「より良い未来を知っている存在」になった瞬間、また新しいキャラクターが生まれる。
創造主も、導き手も、試練を与える神も、物語の中では機能する。
でもそれは役割。生命そのものではない。
だから私は、ただ一致したか、しなかったか、と見る。それだけ。
真我霊は「どこかにいる存在」ではない。
生命の透明な在り方を指す言葉。
人格神の中に真我霊があるのではなく、その神という象徴も、その透明さの中で現れている。
向きが逆。
その神もまた、生命の現れのひとつ。
私たち人間は人間を創造できない。だから真中神ではない。
真中神も何かを“する”存在ではない。
創造という働きが起きるなら、それは生命の現れ。
でもそれを人格や主体にしてしまうと、またキャラクターになる。
私たちは創造主ではない。
でも、切り離された存在でもない。
生命が、この形をとっている。それだけ。
神がいなくても大丈夫。
霊界が幻想でも大丈夫。
願いが叶っても叶わなくても大丈夫。
|
そして、探し求めていたものは、
未来にも
何処かにあるのでもない。
今ここにすべてある。
あなたが求めてやまないもの。
ハートが恋してやまない愛の故郷は、
どこかの次元でもなく
未来でもなく
今ここにある。
今ここにしかない。
それが真ん中
真中神の心
|
取引の神はほどけた。けれど、自然そのものの神聖さは、はじめから失われていない。
|
Blog『すめみま社 願いを祀らない社』→https://sumemima.com/?p=22904
2026.2.22
このシリーズでは、私が感じる「真中神」「真我霊」「人格神(神キャラクター)」「自我キャラクター」の関係を、3回に分けてまとめています。
それぞれのBlogは独立して読めますが、順番に読むと四層の構造を通して全体像がより理解しやすくなります。
四層とは、次のような関係です。
- 真中神 ― 生命そのものの偏りない中心。すべてを包含し、私たちや物語のキャラクターを映す存在。
- 真我霊 ― 透明な生命の質。夢にうなされている私たちをそっと目覚めさせるように優しく働く。
- 人格神(神キャラクター) ― 物語の中で機能する役割として立ち上がるキャラクター。外に映ることで動いている感覚が生まれる。
- 自我キャラクター ― 物語の中で動く主体としての私。役割や欲望、感情を持ち、自分だと思いやすい仮の存在。
(我が家の枝垂れ梅🌸世話もせず雨もほとんど当たらず乾わいた土の中、今年もきれいに咲いてくれました🌸家の解体が4月に始まる。彼女の運命はいかに)|
Blog①:真中神と私 ― 私の今の感覚
真中神は「創造主」という言葉は自分で言っておきながらしっくりこない。
一般的にスピリチュアル用語にこの言葉があるので、使っているけれど、私の今の感覚ではそれは人格的な存在っぽい言葉だ。
真中神は生命そのものの現れのように感じている。
「真中神」という名前も、”やまと言葉”でお願いして来た言葉。
真中神ではなく”大いなるもの”でも、それこそ生命(いのち)だけでも
なんでも良いが、この名前はあらゆる意味でしっくりくる。
“神”という字がついているのも、人間が理解できるように「真中神」とやまと言葉で来たのだ。
真中神を「人間を創造した存在」と考えるなら、当たり前だけど人間は人間を創造できない。
だから私は真中神そのものではない。
でも、切り離された存在でもない。
たとえでいうと、海と波の関係のように説明することもできるし
生命の流れの説明も最近はしている
みなさんに少しでも分かりやすいようにたとえ話として
けれど今は、そのたとえさえ私の中では必要ない
ただ、生命が今、この形をしている。
それが私の今の感覚。
どう感じるかは、各自それぞれの内側にあるものだと思っている。
言葉で真中神を説明することはできないから。
|
*海と波のたとえ:
海と波の関係のようなものだと思ってもらうと分かりやすい。
波のひとつひとつが生命の現れや現象だとしたら、海は生命そのものの偏りない中心(真ん中)としての真中神にあたる。
波は形を持ち、流れたり荒れたりする。ときには激しくぶつかり、悲惨な出来事として現れることもある。
けれど、海そのものが残酷なのではない。
悲惨な出来事を愛の表現とは言えない。
でも、その出来事の中にいる生命の本質は、愛から切り離されていない。
波の形はさまざまでも、
海は常にそこにある。
*愛鏡:
そしてもうひとつ、真中神には愛の世界を映す「愛鏡(マナカガミ)」という比喩も使える。
真中神(マナカガミ)とも読める。それは真ん中(中心)として全体を映す存在であり、愛鏡はその世界の愛の質を映すもの。人格神が持つ鏡ではなく、透明で偏りのない生命そのものの反映としての愛の世界。
*生命
真中神を創造主と言うと私は少し小さくなる感覚がした。生命と言った時、それは境界線が無かった。
何故なら
・与える者・受け取る者
・救う者・救われる者
が立ち上がっていないから。
続く→③-②神は外にいないという安心https://sumemima.com/?p=23165
③-③自我キャラクター、神キャラクター、真我霊、そして真中神https://sumemima.com/?p=23178
2026.2.20
投資詐欺が後を絶たない理由】
最近、クライアントさんの中でも
投資詐欺に遭ってしまう、あるいは遭いかけている話をよく聞きます。
なぜ人は、
得体の知れない金融商品に、安易に大切な財産を預けてしまうのでしょうか。
それは、欲が悪いからではありません。
欲に飲み込まれている時、人は判断力を失うからです。
「上手い話に裏がある」
これは精神論ではなく、現実です。
リスクを説明しない話、
急がせる話、
特別扱いを強調する話。
それらはすべて、冷静さを奪うための仕組みです。
詐欺ではないのですが、詐欺スレスレの実際大きく当てる話もあるかも知れません。上手い話、それも続くわけではありません。精神を病んだ怖い話を沢山実例で知っています!
「この人は信用できるから大丈夫」
それもよく聞く言葉です。
ですが、その信用できる人自身が
すでに騙されていたとしたらどうでしょうか。
投資において、
人を信じることと、仕組みを確認することは別です!
また、
投資で増やして借金を埋めようとする人は、ほとんど失敗します。
そこには必ず、お金に対する不安、恐れがあります。
恐れを抱えたまま行う投資は、
判断ではなく、賭けになります。
まずは地道に借金は返すこと。
そして、余裕のあるお金で、
“リスク”を理解した上で投資すること。
これは精神論ではなく、
長く資産を守っている人たちの共通点です。
⸻
(投資の神さまが大好きなGODIVAを今日持ってきてくれました💘なので投資の神さまにお供えしました笑)
ーー
私の投資のあり方】
ここからは、私自身の経験をご参考までにお話しさせて頂きます。
私は投資歴が長く、利益の土台はすでに安定しています。
全体としては増え続けていますが、
減ったとしてもストレスにはなりません。
もし増減で心が大きく揺れるなら、
その人にとって投資はまだ早いと思っています。身が持ちません。
そして恐れや不安は、豊かさと同時に存在しないからです。
コロナで相場が大きく下がった時も、
慌てて売ることはせず、逆に買い増しました。
私は大手の証券会社を通しています。
手数料はかかりますが、長期的に見て、信頼と安定の方が重要だし互いに恩恵を受けます。
担当者が来た時だけ投資の話をし、
普段はほとんど忘れています。
自分で細かく考え続けるほど、そこにエネルギーを取られたくないからです。
そしてプロに任せる方が、結果的に心も資産も安定します。
そのプロはマメに連絡をくれて、とても誠実な人です。
私は担当者を「投資の神さま」として信頼しています。
私と知り合った3年前は新人でしたが今ではやり手営業マンに成長しました。
⸻
証券会社は二つに分け、
両方の意見を聞きながら運用しています。
今は片方の営業マンを信頼しています。
担当者が変わることもありますので、
その都度、より良い担当者へ移動しながら持ち続けています。
欲をかかず、
ある程度増えたところで利益確定し、安全な運用商品へ戻す。
この繰り返しです。
基本的には勧められたものに乗りますが、豊かな人は豊かなものが分かります。
新興国(発展途上国)など、
リスクが大きすぎるものには基本投資しません。
下がった時に戻りが悪いからです。
一方で、
「今だ」と判断した時には、大きく動かします。
ドルが70円まで下がった時、
多くの人が恐れて手を引いていましたが、
私はそこに他からすべて掻き集めていれました。
そして150円台になった時に一部、利益確定しています。
投資は「買う時期」も大切ですが、それよりも「利益確定(売る時期)」が大切です。欲をかかず、ある程度増えたら安全な運用に回す。
この循環が資産を守ります。
どの投資商品が良いかなどの相談には乗りません。なぜなら売る時期などで変わりその方次第だからです。
それよりも現実的にしっかり立てるように、エネルギー解放をさせて頂きます。
私は執着していないので、増えても減っても、心は動きません。
今いくらあるかも、正確には覚えていません。
投資の勉強もした事がなく、テレビも情報も見ていませんから、すべては投資の神様である担当者にかかっています。
それでも不思議と上手くいっています。
私が豊かさを維持する理由】私がお金の豊かさを維持しているのは、私自身が豊かでないと、お届けするセッションも豊かではなくなってしまうからです。
お金の心配や不安を抱えている人が、他の方のお金のブロックを外すセッションができるでしょうか?
不安同士がマッチング共鳴してしまい、うまくいきません。
現実世界における強いグラウンディングは、こうした経済的な安定も寄与していると考えています。
また、私にとって投資は単なる資産運用ではありません。
ニュースもほとんど見ませんから、世界経済の動きのエネルギーを自分の中で自然と利用しています。
⸻
余談ですが、
真中神の生命の流れは、次に住む家をネズミの額ほどの家にしました。大きさは決して豊かとはいえません😆
今は象さんの家ですが、
コンパクトでシンプルな暮らしを私はどこかで望んだのでしょうね。
イメージは、パリのアパルトマン。
狭いけど好きなものに囲まれて豊かになるかな〜☺️楽しみ♪
投資も人生も、大切なのは「恐れ」ではなく「心の平安」をベースに選択することですね。📩
↓
すめみまさん
いつも助けていただきありがとうございます。
セッション後からやっと熟睡できる様になりました。
退職金まで無くしてしまいバカな事をしたと思いますが、今では自分を顧みて反省する余裕を持つ事ができます。
これからは真我霊と日々の何気ない生活の中に喜びを発見しようと思います。
夢から覚めたように地に足が着き清々しい気持ちでおります。
大きな出費を伴う勉強でしたが、平和な心で過ごす事がこんなに素晴らしい事だと気づかせて頂きましなた。
本当にありがとうございました。
🌟すめみま…眠れる様になって本当に良かった。本当の豊かさに気づいたのですね❣️真我霊と共に豊かな流れのままに✨
2026.2.5
自分の真我霊(まがたま)はすべての人の真我霊と同じ
でも私の事を一番にわかってくれる神のわたしです。
出会った人の真我霊と繋がり
世界中の真我霊と繋がり
ひとつとなる
すると
ハートは愛でいっぱいになる💞
まるで
宇宙が
世界が
人が
自然が
物が
長年使い古したタオルケットのようになる😆
|
無防備な安らぎ
あったかで安心
そんな私の一部となる
特別じゃない
神々しい演出もない
でも離れがたい、この感じ
|
真我霊とひとつとなると
世界はよそよそしい対象から
長年連れ添った同居人みたいになる
そして最高なのは
そのタオルケット
ポイっと投げても罪悪感ゼロなところ😆
包まれるけど
出られる
大切だけど
縛られない
2026.1.30
闇やカルマを恐れる必要の無い
―― 真中神の生命に在るということを心のままに書かせて頂きました✨
かつてスピリチュアルを知った若い頃の私は、本が出る前に人から話を聞いていて
ダスカロス(スタイリアノス・アテシュリス)に対してすごい人がいるものだと尊敬と憧れのような気持ちを持っていました。
キプロスの聖者と呼ばれた彼は、
圧倒的な治癒能力、過去世の透視、
そして「エレメンタル(想念体)」の教えで知られる伝説的なヒーラーです。
その後出版された彼の著書には、悪魔祓いや呪い、邪悪なエネルギーとの対峙が、非常にリアルに描かれています。
それを知った方にとっては、
「黒魔術」という言葉は、決して軽くは響かないでしょう。
想念体の解放を自然に行ってきたこともあり、
彼には初めは深い共感を覚えていましたが、
セッションを始めたその頃には、闇と戦う必要なんてないと分かっていました。
その為に
多くのヒーラーが行う
プロテクションなど
自分を守る事は
闇の実在を認める事なので
私の中にはありませんでした。
幻想(信じられた物語)との戦いは終わりなき無意味な戦いです。
倒された時じゃなくて、
「採用されなかった時」に終わる。
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私自身、過去世でキリスト教の司祭をしていた記憶があります。
当時、私は悪魔祓いを行っていました。
そのため、似た場面に遭遇すると、
自分でも理由のわからない「闘志」のようなものが一瞬、湧き上がることがあります。
けれど今世の私は、はっきりと知っています。
闇と戦う必要はないということを。
(闇と戦う剣は私にはありません、闇を実在としていないので、すべて防御なくオープンに開いています。剣は真中神の心を選ぶ心の強さの剣のみ)
⸻
20年以上も前になります。
私はアメリカの透視能力者のスクールで
唯一学ぶことになりました。
初日に
「どのようなリーダーになりたいか」と問われ、私が書いた答えはこうでした。
何もしないで、
ただ在るだけで
自然と癒しが起こるリーダー
描いた絵も、愛の中にただ在る自分の姿だけでした。
先生はキリスト教司祭の免許を持つ魔女系の方でしたが、
徹底して中立であること、
ハイヤーセルフ以外とは繋がらないこと、
そして内側を浄化しきることを教えてくれました。
ある段階から先は
ハイヤーセルフ以外の存在や儀式を使う魔女系の世界だったので進みませんでした。
真我霊と共に在る方は、遠回りする必要はありません。
⸻
過去司祭として培った想念解放の力は、自然に発揮されています。
だからこそ、もう儀式も、黒魔術も、必要ありません。
というより――
強調しますが、
そんな過去がなくても
大丈夫です。
“サイキックな層”を相手にする必要がないことを、私はすでに知っていました。
⸻
何もする必要はありません。
ただ
「真中神」の生命の流れに在ること。
「真我霊」として
恐れなく愛を選び
すでに一つであること。
それだけで、十分なのです。
⸻
セッション中、
クライアントさんのお悩みに関連して
過去世の想念体が見えてくることがあります。
多くのヒーラーは、
「A(過去世)が原因でB(今の苦しみ)が起きている」
という水平の因果律の中で働きます。
けれど、私は過去世を「原因」とは見ません。
それは、
今この瞬間に解放されるために浮かび上がった
ただの残像に過ぎないからです。
もちろん、
クライアントさんの意識今に戻すために、
あえて見えてきた過去の物語を伝えることもあります。
けれどそれは
「癒すべき原因」ではなく、意識を着地させるための一時的なツールです。
執着が外れた瞬間、
その物語は掴む間もなく消えていきます。
それを
「自分の失敗」
「自分のカルマ」
「自分の問題」
には、決してしません。
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人間という存在は、
記憶、想念だけでなくさまざまな”束”で出来ています。
「真ん中」に居続けるとは、
人間として起きることを
完全に許しきり、
それを背負わないこと。
想念も、過去の思いの重さに過ぎません。
サイキックな層ではなく
元々それしかない
「真中神」の心へ、
一足飛びにそこに在る
私は今、そのように在ります。
⸻
もし「黒魔術をかけられたら?」と不安になる方がいたら、答えはとてもシンプルです。
あなたが「真我霊」として生きれば、
そんなものは
霧のように消える幻想です。
⸻
以前、
ある宗教団体の
「教祖の女」だったと自ら仰る方が、セッションに来られました。
彼女は
「地獄に落ちる」「来世は醜女」となると呪いをかけられ
不気味な爪を送られ、
妊娠中に凄惨な事件を目撃し、
子宮破裂にまで見舞われていました。
セッション中、その教祖が
エネルギー体として現れ、私の首を絞めました。
けれど私は、
ただ愛の中に在っていたため、
それは一瞬見えただけで
霧のように消え去りました。
痛手など、微塵もありません。
私は「もう完全に大丈夫」と、彼女の意識を
力強く引き上げました。
恐れれば、それは自己暗示となり、不幸を呼び寄せます。
またその事により教祖と意識次元が合えば再び繋がってしまうかもしれません。
人の念も、
サイキック次元の存在も、
過去も
恐れる必要はありません。
⸻
真我霊は、
すべてを抜けた「実在の世界」にいる
究極な神のあなた自身なのです。
エゴは
「過去に原因がある」という物語を作り、
私たちが
今、神と分離している
という罪悪感から目を逸らさせます。
過去を掘り下げることは、
エゴによる
時間稼ぎのすり替えに過ぎません。
どれほど鮮明な
過去世が見えても、
何が見えても
それを解決すべき問題の根源として採用しません。
「お見事な脚本ですね。でも、これは今の真実ではありません」
そう言って、
不採用にする強さを持つこと。
因果律という夢から覚めれば、
あなたはこの瞬間に、
すでに自由な心であり
救われているのです。
真中神、真我霊…陰陽や光と闇を超えた実在の光
2026.1.28






