少しだけ自慢になってしまいますが😅
5月16日から始めた「アイスマンの呼吸法」、なんと翌日には呼吸を2分30秒止めることができました。
そして、本日5日目には5回目にしてついに3分呼吸止め達成――これを教えてくれた社会人柔術世界優勝の友を数日で抜きました😆
お勧めですが、私はたまたま合っていたのかもしれません。ご無理はなさらないでね。
私は1日一回だけ無理なくしています
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呼吸法の後に意識が澄みわたり、日本の神々から御神託が降りてまいりました。最近、山本先生と大和の心が現代人の心を救うとお話ししていた流れで
今日は娘の話から思いつき、心のゆとりのお話をさせて頂きます。
こちらは自慢ではありません💦
私たちはエゴは良いにしても悪いにしても見たいものしか見ませんし、見えません。。
昨日のこと。娘の駅での一幕です。
離れた場所に、お年寄りが困って立ち尽くしているのが見えたそうです。尋ねたいのにみな忙しそうで尋ねる事も出来ない
明らかに助けが必要な様子なのに、誰も声をかけません。
娘はそっと近づき、「どうされましたか?」と声をかけました。
切符の買い方がわからず困っていたとのこと。
「最近は駅員さんがいないから、大変ですよね」
そう言いながら、行き方を丁寧にご案内したそうです。
娘は幼いころから困っている人を見ると、迷うことなく助けに行く子でした。
私の妹がうつ状態だったとき、「イヤな気持ちは、ぜんぶ私が吸い取ってあげるから安心してね」と言いながら、抱っこされているのに、妹を抱きしめるそんな子供でした。
小学校低学年の頃、駅のホームで2人で電車を待っていたのですが、反対ホームで荷物を沢山持ったお年寄りが電車から降りました。「ちょっと待っててね」と私に言い残し、駅員さんに事情を説明し、反対ホームのお年寄りの元に行き、階段を上って荷物を運んで差し上げたこともありました。当時の吾妻橋の駅にはエレベーターがなく、地上に出るには急な階段だったのです。
こんな娘ですから、ご近所のお年寄りたちにも可愛がられ、やがて介護士となりました。
娘はお年寄りを気にかけていますから、その様な場面によく出会うのかもしれません。でもそれだけではないでしょう。
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私自身も、同じような場面に何度も遭遇しています。
ある日、道の向こうに障がいのある方が、文句を叫びながら助けを求めている姿が目に入りました。通りゆく人々は皆、信じられませんが、見て見ぬふりをして避けて通り過ぎていきます。
私はその方のもとへ歩み寄り、事情を聞くと「歩道の自転車が怖いので、病院まで手を引いてほしい」とのこと。
待ち合わせの予定がありましたが、近距離ゆえにタクシーも呼びづらく、何よりも放ってはおけず、お手を引いてご一緒しました。
彼女の目を見て真中神と繋がりました。彼女の目をみて彼女は今の瞬間心からこの世界にいることに安心したのです。そして私も愛を受け取りました。
この為に彼女と出逢ったのだと分かります。
また、駅のホームでは足元のおぼつかない方が線路側をふらふらと歩いていたことも。
秋葉原駅の混雑の中多くの人がいながら、誰も助けようとしませんでした。
私はその方をベンチにお連れし、駅員さんを呼びました。普通に考えて放っておけない危機的状況と思います。酔っ払いと思ってみな放っていたのかも知れませんが、それでも命に関わる事態です。
他にも、日々の中には小さな出来事がいくつもあります。
たとえば、電車で外国人観光客が増え、優先席に座る若者たちはスマートフォンに夢中。目の前で立つお年寄りの姿に気づかないのです。
そんな中、ある外国人のおじいさんが見かねて席を譲ったこともありました。
このようなとき、人々がまるで無表情なロボットのように見えることがあります。
人と人とのつながりが薄れていく社会――
神さまは、そこに警鐘を鳴らしておられるのではないでしょうか。
現代人は、感覚を閉じ、視野を狭めています。
目の前の小さな画面の中だけを見つめ、全体を見る感じることを忘れてしまったのかもしれません。
わたしたちには、鷹の目のように「全体を見る目」が必要です。
そして第六感はもちろん五感までも閉じ気味に生きています。それは自己防衛反応でストレスを感じない様にした為かもしれませんね😅
これでは自然を愛でる余裕ももてませんし、
人の助けも感じられない様では神様もお嘆きになるのは当たり前と思います。
神さまの愛や御言葉を受け取るには、心の余裕が何より必要です。
私たちの心は重症で元々持っている心と感覚をひらく訓練が必要になってしまっています。
真中宇宙の中心にゆったりと寛ぎ、頭の中心に意識を置きましょう。
ここは今現在にいて全体を見ることが出来る場です。そこから全てに開くシャーマンの様な意識を持ってみましょう。
(龍神の様に全てを見渡す知る者となりたい✨真我霊セッションの三つの生命エネルギー瞑想はその訓練です。意識を頭の中心に置きます!)
「家族や周りのことが気になって、心が落ち着かない」そんなお悩みをもつ方のセッションをお受けしました。
心が外ばかりに向いて散漫になっているとき、わたしたちは自分の中心(真ん中)にゆったりと座ることができず、視野が狭くなって今この瞬間にも存在していません。それは、つまり神さまと離れてしまっている状態なのです。
けれど、心が落ち着いて自分の真ん中に寛いでいれば――
全体を見渡しながら、必要なときに必要な行動を自然と選ぶことができます。
これは、「外側に回されていない」状態とも言えるでしょう。
たとえば、災害のとき。
まわりが騒いでいる声や情報に飲まれてしまうと、どう動いたらいいのか分からなくなってしまいますよね。
それは、自分の中心を見失っているからです。
中心を見失えば、神さまの導きも感じられなくなってしまいます。
本当に大切なのは、
常に自分の中心に戻り、真中神の真ん中意識で世界を見て心を静かに整えること。そこは全体が見渡せる場であり神に開く事の出来る場です。
今日もお読みいただきぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨心あたたまる場面では真中神の愛がスーッと現れてひとつになります。日々心無い場面の中にも批判ではなく真中神の愛を見たいですね💞心で私たちひとつね、そう繋がる機会を逃したくないのです✨みこりん
2025.5.20