真中神のみが実在
自我は一時的に現れては消えるものである──この言葉の意味を深く感じ、真我霊と共にここに記します✨
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自分の思いは川の流れのように絶え間なく変化し、決して固定されるものではありません。
思考や感情は状況や環境、無意識の欲求に応じて揺れ動く一時的な現象にすぎません。
たとえば、「死にたい人の気持ちが分かった。。死にたい」と強く言っていた人も、セッション中に大きな契約が入れば「そんなこと言ったっけ」と言うほど、思いは外的現実によって簡単に変わります。
思いは本質的に不確かなものであり、私たちはそれに振り回される存在です。
だからこそ、自分の思いの流動性を自覚し、真ん中意識に座して、曖昧な思いに左右されることなく、真実を見極めることが肝要なのです。
(松茸御膳を頂きました(∩❛ڡ❛∩)囚われなく真中神の生命の導きのままに今の瞬間を深く堪能する)
更に私というものにも実体はありません。
人は誕生の瞬間、まだ「自我(エゴ)」を備えてはいません。赤子は世界との境界を持たず、ただ生命の流れの中に在る存在です。
しかし成長の過程で、さまざまな体験――とりわけ快・不快、愛・不安、受容・拒絶といった感覚を通じて――「自らを守るための心の仕組み」として自我が形成されていきます。
この自我は、他者との違いを意識させ、「私は特別であり、他人とは異なる存在である」という自己像を肉体を使い築き上げます。そしてその自己像を保持し、守ることに多くのエネルギーを費やしながら、人は社会を生きていくのです。
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肉体を離れてもしばらくは「自我(エゴ)」への執着が続きます。
深い幻想界である霊界においても、この世でのこだわりが強ければ強いほど、その執着に応じた自我の世界を自ら形成してしまいます。
(たとえば何百年もの間、札束を数え続けて盗まれないように怯えている霊のように。)
しかし、この世での記憶は薄れ、転生のときにはすっかり記憶は消されて新たな「自我」がまとわれます。
自我意識は無くなっても前世に作った囚われ(幻想である想念)は引き継がれ、これが因果と言われるもので、また幻界に戻る事になります。
カルマと言われるものは実在の中には無い、幻想の中にしかありません。
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ここで整理すると──
• 自我にとっては「生まれ変わり」は存在しない
→ 前世の記憶は消え、新しい物語が始まるから。
• 死んだら無になる、という思想
→ 自我の視点から見れば、実際とほとんど同じこと。
• 変わらないものは「真我霊」
→ 自我を超えて連続する、神が創造したままのエゴのないあなた
• 真我霊さえも最終的には役割を終え真中神と一つとなる
→ 消えるのではなく、それにあなたはなり、大いなる源に溶け合うこと。
そしてここが最も大切な点です。
• 自我(エゴ)は、実体のある「もの」ではなく、思考が編んだ物語にすぎない。
• 「あなた」だと思っているものも、実在していない。(この幻界では確かに実在と言えるかも知れません)
しかし、人はこれを認めたくありません。
「私がいない」という真実は、自我(エゴ)にとってもっとも脅威だからです。
だからこそ、自我は「自分は実在している」と思い込もうとし、
その幻想を守るため、人との分離を強める為にあらゆる思考・感情・物語を編み続けます。
けれども、真中宇宙の本質は「空」でありながら、全てであり生命と慈愛に満ちています。
そこに身をゆだねれば、他者との区別はなく、ただ大いなるものそのものとして在ることが分かります。
• 自我はこの真実を恐れるが、そもそも自我自体が実在していない。
• 「あなた」という物語も、元から存在していなかった。
──けれども安心してください。
消えるのは「物語としての私」であって、あなたの本質である真我霊は決して失われません。
セッション後に自分が無くなる感覚を覚える人がいます。神に彼も何もかも持っていかれたと嘆いた人もいました。嘆いたのはエゴの断末魔の叫びです。実際、神が奪い取ったのではなく古い執着の自我がある程度消えたのです。
真我霊もやがては真中神とひとつに溶け合い、すべてを包む大いなる愛そのものとなります。
だからこそ、自我が消えていくことは恐れるべきことではなく、
本当のあなたへと還る道なのです。
そしてこの事を知る事によりあなたはこの物質世界でより幸せに自由自在に生きる事ができます。
• 実在していないその幻想を大きく分けると以下の通りだと感じます。
1. 自己像(自分がどうあるべきか、特別であるべきという想い)
2. 他者や物質(評価や権力、所有物)
3. 時間(過去や未来へのこだわり)
4. 恐れ・不安(心配、恐怖、罪悪感)
5. アイデンティティの幻想(固定的な「私はこうだ」
これらは意味のない事だと気づいて真我霊(まがたま)にあけ渡し、しかしそれらを取り上げる事は真我霊はしません。
あなたが握りしめている手を離して任せ、真中神(まなかみ)の心を選びたいと望むなら、上手に使ってくれます。
時間も全て真我霊の手の中にあるのです。
自我のあなたが自分の創造主になるのをやめて、全知全能の神に委ねる生き方を選ぶなら、自我の限定された運命を超えた最高の生き方となるのです。
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今日もお読みいただき♡( ᴗ̤ .̮ ᴗ̤人) アリガトウ*•.❥* エゴは自分こそが世界の中心だ
だから自分の力で何とかする
その様に思っていますから、この様なメッセージを受け入れません。何を言っているのか分からなかったり、分かったとしても表面だけですぐに忘却の果てに消えていきます。
それほど自我(エゴ)は強力で侮れるものではありません。ここで自我は完全に消えませんから客観的に観察する事が大切です。
私はいつも真我霊と共に、意味のない思いに囚われない事を実践しています。一瞬一瞬忘れずに真中神の御心である実在する本当の自己の座に戻ります。
ここに戻るとただ思うだけで静寂の中明晰になります!空であり最大の神力の場
みなさんも私と共に「この私とは?」そう自分自身にいつも問いかけてみて下さい。深く観察すると、感情・思考・欲望は次々に現れては消え、固定的な「私」は見つかりません。
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自我(エゴ)が必死に自分を守るために執着するものの具体例
1. 自己像への執着
• 実体のない「こうあるべき私」「特別でなければならない私」という思い込み。
• 自我の防衛反応となる。
2. 他者や物質への執着
• 実体のない他者の評価や、所有物・地位・権力などへの依存。
• 「承認欲求」「分離意識からくる虚像への依存」と言える。
3. 時間への執着(過去と未来)
• 実体のない過去の後悔や未来の期待・不安へのこだわり。
4. 恐れや不安への執着
• 実体のない恐れ、不安、心配の念に縛られる。
5. アイデンティティの幻想への執着
• 「私はこれこれである」という限定的な自己像への固執。• 結果、変化や未知を恐れ、学びや成長を阻む心理的ブレーキになる。
すべて「実在しないものへの防衛的執着」です。
真我霊にあけ渡し、真中神の御心に委ねることで、思考・感情・自我の力を学びや創造性のために活かすことができます。
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自我が掴むのはすべて 「実在しないものへの防衛的執着」 であることがわかります。
2025.9.28
