運命を超えた自己創造へ

今回もまた別の世界への繋がり、スピリチュアル構造物についてです。

〇〇瞑想を長年実践されてきた方のセッションを行いました。

その瞑想は、あるヨガの聖者が広めたものだそうです。

今回のクライアントさんは、まだそれを手放す準備が整っていないご様子でした。

私は、手放しを無理に勧めることはしません。ただ、今どのような状態になっているのかを丁寧にお伝えすることはしています。

このとき、真我霊から届いたメッセージをもとに以下の内容を書き記しました。

長文ですが、他の方の体験談も下にご紹介させて頂きました。

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その世界の光は、まるで王冠のように頭頂のチャクラでギラギラと輝いていました。

あまりに強い光のため、真実を知らない人々の心を惹きつけてしまいます。

視える人には一見、第7チャクラが光り霊性が高まった人のように視えるかもしれません。

しかしそれは、自分以外の世界とつながりパワーを得たいという願望に応じて、その世界にチューニングされたエネルギーの結果なのです。

例えるなら、コンビニエンスストアのようです。誰でもそのアンテナを得ることができ、光のエネルギーを受け取ったり、販売したりすることさえ可能になってしまう。

“伝授”や“アチューメント”と呼ばれてスピリチュアル界で広まっているものがこの類型です。

瞑想状態に容易に入れることから、多くの人がこのエネルギーを求めます。

それは、聖者の覚醒した状態に一足飛びで到達できると期待しているからかもしれません。

けれども、その代償として本来の自分自身と直接つながることが難しくなり、むしろ魂の帰還を遠回りにしてしまっているのです。

それは、本来ならすでに自分の内にあるはずのものにも関わらず、です。

長年この瞑想を実践してきたことで、もはや自分の一部となっている、とクライアントさんはおっしゃっていました。

それゆえに、余計にそれが「自分そのもの」と感じてしまうのも無理はありません。

私たちは、思考や行動のパターン、病気でさえ、長年染みつくことで血肉となり、それが自己だと錯覚してしまうのです。

スピリチュアルの世界では「すべてを受け入れなさい」と言われますが、偽物は排除しなければなりません。

この世界には、本物に見えて偽物というものが横行しています。

信じている人にとっては、たとえ偽物であってもそれが真実に見えるものです。

「そんな大げさなことではない」

「皆がやっていることだし」

「有名人も勧めているから間違いない」

──そんな声が聞こえてきそうですが、実はそれらが、静かに私たちを蝕んでいくのです。

私は、道を歩く人を捕まえて「それは偽物ですよ」と指摘することはしません。

けれども、あまとわは「本来の自分を生きる」ことを理念に掲げているため、必要な方にはお伝えしています。

偽の世界とつながるようなエネルギー構造物は、私たちには不要です。

私自身、そのエネルギーを想像しただけで、即座に投げ捨てたくなるような違和感を覚えます。

これは私たちを眠らせる装置です。

真中神の世界――澄み切った実在の領域――を知らならば私の伝えているシンプルな事が分かると思います。

現在、多くの人のスピリチュアル好きな方のクラウンチャクラ(頭頂部のチャクラ)は、外の光によって“乗っ取られている”状態にあります。

構造物がチャクラにくっつき、その世界とつながるためのエネルギー装置として機能しているのです。

その世界を活性化させるために「マントラ」と呼ばれる呪文を唱える仕組みまであります。

しかし、本来の実在の世界――真中神の世界――は、何の形式がなくても、いつでも私たちとつながれるものです。

なぜなら、それは自分自身の心の中にあるからです。

多くの人は、自分の中にある“宝”を知りません。

それは内に隠れているため、見えないのです。

本来は、どこまでも自由な世界が内側にあるのに、外側の形式にすがって生きてしまいます。

金のローブを身にまといたいのなら、それも良いでしょう。飽きるまで着ていればいいのです。

けれども、そのローブを脱いだとき、自分がただの力のない人間だったと気づくことになるでしょう。

なぜなら、その間、自分自身の内にある神を無視し続けていたからです。

私たちは、本来、直接に無限の叡智、無限の力とつながれる存在なのに。

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ここでお伝えしたのは〇〇瞑想だけを否定するためではありません。

この世のすべて――エゴの思いも、パターンも――まやかしに満ちているということです。

睡眠薬を飲めば眠れるようになる。けれど、それを手放せなくなれば、自分の一部になります。

それが助けになることもあるでしょう。

真我霊も、それ自体を否定してはいません。

治療も薬も、必要なら使ったほうが良いのです。なぜなら、“恐れ”こそが一番よくないからです。

この世界には、たくさんのまやかしがあります。

それを利用することが必要なときもあるでしょう。

でも、それらは“真実”ではない。根本的な解決には至りません。

私もオシャレを楽しみます。

以前のブログでは、クロミのバッグを持った写真も載せました。

それらもまた、同じです。

もしそれらに囚われて本当の自分を見失えば、この世という深い夢の中に迷い込んでしまうのです。

この世はまやかしだらけです。

それでも、さらに“神とつながる”場所に、偽物の装飾を加えたいのですか?

違う世界のパワーが欲しいのでしょうか。

まだ「自分は足りない存在だ」と思っているのでしようか。

子どもが大切にしているおもちゃを、無理やり取り上げるようなことは、神はしません。

だから私も、無理に「これを手放しなさい」とは言いません。

準備ができたときには、どうぞ知らせてください。

そのときは、一緒に手放していきましょう。

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こちらは〇〇瞑想とは別のケースですが、何年もの間外界と離れて神にお仕えしながら修行されてこられた方のご報告です。

その方の心には、いつも「この限られた世界の中だけで本当に終わってよいのか?」という迷いがありました。

魂は、もっと自由を求めていたのです。

長い間、ある世界に属し探求してきたからこそ、真に自由な真中神の世界の尊さを、深く実感できたのだと思います。

今回、初めてセッションをお受けいただきました。

「人生はとてもシンプルである」という言葉が、すべてを語っているようで感動しました✨

「自分には何か特別な役目があるのではないか?」

「それとも今ある幸せに感謝し、普通に日々を過ごすことが大切なのではないか?」

そのような迷いを抱えておられました。

彼はかつて、導く人という立場にあった方です。

そのため、エゴによる特別感が内側に強く残っていることも自然なことです。

コンビニエンスストアのバイトなどを通して、一生懸命に日々を生きている人々と触れ合って

その中で、特別感に気づき手放し磨かれていくのではないでしょうか?

「そのプロセスの先に、きっと新たに見えてくるものがある」

──そういった真我霊からのメッセージをお伝えすると謙虚さという美徳を兼ね備えた方でとても素直に受け入れてくださいました。

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その節は本当にありがとうございました!

その後の感想を報告させていただきます。

体感ですが、

目を閉じると頭の中が揉まれているような感覚が昨日までありました(*解放中の感覚ですね)

気持ちの面では、人生に対する考え方がとてもシンプルにスッキリしてきました。

これまでは、世のため人のために何かを行わなければならない、無駄に人生を送ってはならないと変に力が入っておりましたが、今は力が抜けてとても楽です。

また、楽しいことをしたり、美味しいものを食べたりすることに、なにか罪悪感のようなものを感じていましたが、そういった思いも解放していただいたようです。

昨日、近所の湖にいってきましたが、自然の美しさが、ダイレクトに飛び込んで来て感動しました。本当に綺麗で、神の国にいるように、幸せを感じました。初めての体験です。

人生はとてもシンプルで、

「あー楽しかった」で終えたらいいんですね。

使命だなんだと変にこねくり回さなくても、やるべきことがあれば、自然に降りてくると、今は素直に信じられます。

すめみまさん、素晴らしいセッションを本当にありがとうございました‼️

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宗教、スピリチュアルワークによる制限についての最近のBloghttp://sumemima.com/?p=16563

sumemima | 運命を超えた自己創造へすめみま🌟

2025.5.6