身近な人が亡くなると様々な感覚が研ぎ澄まされるように感じます。
妹が亡くなった時は彼女の幻想の世界である霊界への旅を、彼女のため込んだ想念を解放しながら次元を上げていきました。
今は真中神の世界と深く繋がっているのでまた違った感覚です。
その感覚は母が迷いなく逝き、また妹の時とは違った感覚です。
納骨がまだなので祭壇とお骨が家にあります。不思議と私は一度もそこに手を合わせ心を合わせる気持ちになりません。母は心の中、真中神の中にいるからです。
その為に今は自然とそうしています。
究極、真中神(まなかみ)しかこの世界にはいません。
独りでいると自我を超えた私の何かしかこの世界にはいないという感覚になります。
それが不思議と今感じる事があります。
母は分離した世界で私の母親でした。
私と母は別々の人間でした。
今は母は私の中に溶け込んでひとつになりました。
母の肉体がないのでそれがとてもよく分かり実感しています。
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真中神の世界を球体として感じているワークをしていますが、真中神の世界はすべてが私です。
真中神の世界に現れる人々、亡くなった人も含んだその人たちは、みな私であり幸せそうな顔をしています。
亡くなった方もここでは成仏しているとか成仏していないとかそれを超えています。
そしてこの世界には因果の法則もなく
平和な静けさの中で微笑んでいるような世界です。
過去も未来も今にある
永遠の世界です。
ワークは分離した自我を持つ状態で体験する事で、エゴに囚われずに気づいて手放して行く事を日々していくのです。
今朝、母のあとを追って父もまた安らかに寝たまま亡くなりました。
二人とも苦しみなく逝ったお顔だと葬儀社の方に褒められました。
母が亡くなってまだ3週間、父は急速に衰えました。孫たちも何度も訪ねてくれて愛してるとスキンシップもいっぱいしてくれました。
私はこの時間を赦しと癒しの溶けた時間と呼びたいです。子供のように素直に父はみんなに甘えられました。
先祖代々続く材木業の跡取りとして、登山写真家になりたかった父は、やりたい仕事ではありませんでした。でも腹を括って愚痴も言わず弱音も吐かずに無我夢中で重い材木を担ぎ一家を支え働いてくれました。三つめ通りは俺の汗で出来ていると言っていました。
最後は何もかもが完全に真中神の手の中にありました。
父も母もお仕事がお休みの時にお見送り出来ます✨ありがたい事です。
亡くなると肉体から抜けるのに少しだけ時間がかかります。圧倒する愛の光が降りていて、その遥か上に星のような光が輝いていていました。
その光は母だと分かりました。
本当良かった✨おしどり夫婦でしたから、旅立つ時も仲良しでした。そして四十九日も一緒、お位牌も二人連名で一緒にしてくれました。全部任せている弟がすべてやってくれて本当に助かっています。
エゴはこんな時もひょっこり顔を出して、本当に小さな囁きでしたが罠に嵌めようとしました。
完全な真中神の計らいで私は愛の中にいて、それだけ大切な人たちだったからそんな考えがふと浮かぶのね〜とエゴをチラッと一瞥しただけでした。
本当に平和です。
父は10日入院して、だんだん良くなり家で介護する話を進めようとした矢先、突然旅立ちました。入院したお陰で、子どもや孫たちから充分愛されている事を毎日のように受け取り入院も完全なのだと思いました。二人とも12月25日まで痛いところもなく普通に元気でしたから、御祈願通りピンピンコロリと言ってよいかな思います🙏✨
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真我霊(まがたま)に来年1月は私にとってどんな月か尋ねた時に、すべてが剥がれ落ちて行くかのような月という事でした。強力な浄化の月かなと思いましたが、今まさに色々剥がれ落ちて変化しています。今後の事はなにも考えずに料理中のような錬金術のようなエネルギー状態に身をまかせ現在に導きのままいます。
今日もお読みいただきぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨明日もエゴを抜けた澄み切った清浄な世界にいる事をご一緒に意識しましょう👍
2025.1.14
