こんなに平安や愛を感じるのに
突然エゴの逆襲に遭う事が度々起こるのはなぜでしょう。
変容の過程でこれは長く起こります。
また成長の過程において、自分は霊的に成長して特別だと思ったりもします。
これもエゴです。
家族やパートナーと同居している場合はことさらそれは過激化する場合もあります。
人間関係の中で多かれ少なかれそれは出ます。
その人たちは、真中神が用意した人々です。
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過激化したエゴは
暴言を吐くかも知れません。
心の中だけでも同じです。
エゴとはそう言うものだとよく見て掘り進んで観察してください。
犯罪者や精神疾患、皆が狂った人達と思っている人と同じエゴが誰もの中にあります。
根はまるっきり同じです。
人間である以上例外なく全ての人がエゴを持っています。
あとは環境であったり、因果や運であったり、時の流れやタイミングでそれらが巨大に具現化するだけなのです。
心の中を見つめる為に
成長の過程でも大きく現れます。
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「自分はもう今世で上がりだ」と言った人がいると聞きましたが、こう言った思い違いをするのもエゴですが、見ないフリをしたそのエゴがボタンを押す人が現れると大きくあらわれます。
それでも目を塞ぎ耳を塞ぎ自己暗示にかけて、人間のそのままの自分を見ようとしないなら
そう、ありのままの自分を
見ない人もまたいて
それも自由です。
世の中に出ている”ありのままの自分”という概念もエゴは見事に自分に都合よくすり替えましたね。
人間としてのありのままとは、そのままです。
エゴの狂った自分も自分だと認める事です。
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真中神が用意してくれた人々があなたのエゴのボタンを押します。
彼らはあなたを救いに真中神が派遣した人たちとも言えます。
人間としての悪魔的な狂った心をちゃんと見る事が出来る様に
それを見てちゃんと認めなければエゴは自分は善人で相手が悪いのだとすり替えます。
あなたが狂っていると判断する人と自分のエゴも同じだと気づいて下さい。
エゴは狂っています。
自分のエゴの正体に気づいてくると誰もを責める事は出来なくなります。
(立派過ぎる葡萄🍇を沢山頂きました✨美味しいさつまいも🍠も沢山ありがとうございました✨秋の味覚お供えさせて頂きました)
自分は善人だ、良い人間だと思っている事の方が恐ろしい事なのです。
自分のよいイメージをどんどんエゴは作り上げます。
そしてあの人とは違う
被害を被っているのは自分だと思ったり
私は特別だと思ったりエゴは分離を強める為にはどんな事でもします。
私たちは真中神の一部ですべてであると同時にすべてを持つ存在であるというのが真実であるとすると、
エゴは、本当はすべてである自分をちっぽけな存在に縮小して、本当は自分である残りのすべての人達を敵とみなして、戦いを挑んでいる、つまり、自分自身と戦う状態にあるということになります。
これは深刻な狂気の沙汰です。だから私たちはいつ何時も目覚めていて狂っているエゴに気づいている必要があるのです。
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仏陀は殺人鬼を救い弟子にし、イエスキリストも「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい。」と言って、人々が裁こうとした姦淫の罪の女を差別する事なく変わらず愛しました。
真中神を生きるに至った賢者たちは人間のエゴの苦しみを超えたからこそ分かるのです。
それは罪を犯し苦しむ人々の方が、自分は善人だ良い人だとエゴを見ようとしない人たちより目覚める可能性を秘めている事に体験から気づいているのです。
本当の事は知りませんが、ヒットラーを役者として見れば、自動書記によるとイニシェーションを受けてある段階霊的ステージに上がったかに見えました。
しかしエゴも同様にパワーを増す事を知らなかったので、エゴの策略にまんまと取り込まれたのです。
(皆の目覚めの為にヒットラーの魂はこの劇では悪役を買って出たのかも知れませんが、そうはなりたくないですよね)
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私なんて大した人間ではありませんと自己卑下する必要もありません。自己卑下は逆に自分の価値を認めて貰いたいと言っているのです。
自分を責めたり罪悪感をもったりもする必要はありません。これも間違った方向を増長します。これは無意味な思いです。
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真ん中の心でいましょう。
フラットに自然に
そしてエゴを冷静に見逃さず
人間とはどの様なものかとエゴを冷静にしっかり観察する事
そして少しづつ訓練してエゴを相手にするのをやめましょう。
決して封じ込めてはいけません。
大きくなって現れます。これが逆襲
怒りが爆発したり、善人ズラしても私がお前だぞ
という様に開き直ったりして出てきます。
自分で静観する意志は必要ですが、もちろん真中神にその都度助けて貰いましょう。
真中神の心はどこ?そう言って
その静かな心から自分を見ます。
エゴに気づいている自分がそれです。そこに気づきましょう。
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エゴでエゴは救えません。
真中神が真中神する意識
それは人間の自分が本来の真中神の意識で静観する事です。
私たちはエゴそのものではありません。
私たちは神で創られていて神が入っています。エゴも肉体も主権者ではありません。
私たちは主権者である真中神に従う必要があります。
エゴや肉体はあなたがコントロールしなくてもそうすれば勝手に上手くやります。
例のたとえ
透明なコップの自分をイメージしてみましょう
真中神の愛に満たされていて
愛のエネルギーが出たり入ったりして内も外も満たされている水槽の世界をイメージしましょう。
愛してくれてありがとうと感謝をおくります。
感謝を送るから与えられていた事に気づくのです。
感謝するからエゴの恐れではなく愛を受け取れるのです。愛の無限の循環が出来るのです。
私たちは何が外に内に起きても
微笑んで
受け入れ
受け流すことをしたいのです。
今日もお読み頂きぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨巫女凛💞
次回は人間の闇について、善意という幻想に依存していたアーサーが目覚める映画ジョーカーをご紹介させてください。
2024.9.8