罪悪感とは、
自分を“罪人”だと宇宙に宣言しているのと同じこと😅
それは病の原因ともなり、
真中神から離れたという感覚を生み出す、もっとも大きな分離です。
“罪悪感を手放したとき天使のような清らかさが現れる”これをお伝えしたく書いてみました❣️
*罪悪感については重要で保存版にしています。
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― エゴの物語が静かにほどけ、本来の光がそのまま現れる ―
罪悪感がふと顔を出す時、
それは“私”という存在が、ほんの一瞬だけ
エゴの物語を本当だと思い込んだサインです。
私たちは赤ちゃんの頃から
「ダメ」「悪い子」と言われ、
知らず知らずのうちに
“私は足りない”“私はどこか悪い”
という罪人の物語を背負わされて育ってきました。
さらに、思い通りにならない相手に対しては、
罪悪感を抱かせる言葉を投げかけ、
また病気になったと聞かされれば何か自分が責められている気がしたり、
学校も会社も社会の仕組みも、
どこか「あなたは足りない」「あなたが悪い」という罪意識を感じさせる方向に流れています。
この世界は罪人を作る世界であり罪悪感は自然に湧き上がってくるように出来ています。
そして私たちは自分を、他人を、社会に対して批判と苦しみを持ち、罪悪感を作り続けています。被害者と加害者はコインの裏と表同じなので、双方に罪悪感が生まれます。
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✧ 罪悪感とは何か
罪悪感とは、
分離を本当だと思い込んだ心が生み出す痛み のこと。
「私は真中神(まなかみ)から離れてしまった」
「私は何かを間違えた」
「私は不十分だ」
そんな“誤解”がぎゅっと固まった影のようなものです。
実体のない影は、光に触れればそのままほどけていきます。
罪悪感もまったく同じ性質を持っています。
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✧ ある日の気づき
ある日、罪悪感がふっと胸にのぼった瞬間、
私は真我霊(まがたま)に伝えました。
「これは私ではありません。
真中神の生命(いのち)に属さない、ただの影です。」
押しやろうともせず、評価もせず、
ただそれを見ているだけ。
すると、影はスッと消えて
私の中に純白な光が現れました。
それは天使のように清らかな
何ひとつ傷ついていない本来の光で少しこの現れに驚きました!
そのとき気づきました。
私達は罪悪感さえ無くせば、天使のように本来清らかなのだと
真我霊がその事をハッキリ見せてくれたのです。
この感覚は、
罪悪感を“私だと思い込む癖”がほどけているだけなのだ、と。
影を追い払おうとせず、
抱きしめるように優しく見つめていると、
影は自然に光へ溶けていきます。
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✧ 子どもと罪悪感
“罪悪感は片側だけに存在できません”
誰かに罪悪感を抱かせれば、
自分自身の心の奥にも同じ痛みが響きます。
子どもを叱る時も、
「悪い子」とする必要はありません。
その子の光を信じて導けば十分です。
反対に、「良い子ね」と褒めすぎることも、
親の期待に応えようと“良い子の役”を演じ始め、
その裏側に罪悪感が芽生えてしまうことがあります。
人は誰かを判断するたびに、
同じ量の罪悪感を自分にも刻みます。
“判断欲求と罪悪感は、いつもセットなのです”
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✧ 罪悪感が薄れるとき
罪悪感という影がほどけ始めると、
もともと完全無欠の神の子であった私たちが、
そのまま姿を現します。
元々完全無欠なのですから、
神に向かう為に何かを積み上げたり、
修行で到達点を目指す必要はありません。
罪悪感を静かに脇へ置く。
ただそれだけでいいのです。
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✧ セッションでは
セッションでは、
私はただ、その方の“本来の姿”――
罪悪感の影に覆われていない、
純白の光のあなた
を静かに見つめています。
それだけで、
“本来のあなた”が自然に現れてくるのです。
みなさんにもそれをお伝えしています。
この本来の光として、
いま目の前の人の内にある“同じひとつの光”に本当に触れるとき、
私たちはすでに真中神の御国をこの地上で分かち合っているのです。
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📩
↓
胸にぎゅっと来るエネルギーでした。
連動していたのですね。
でも、すごいのは、毎回解放をお願いしようと決めると、
すっと痛みエネルギーが引くことです。
「これだよ」と伝えたいからですね。
ありがとうございます。
📩
↓
始まってすぐ、なんだか色々やりたくなってきました。
今までの鬱々とした気分がどこかに行ったようです。
とても眠いのでゆっくりします。
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今日もお読みいただきぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎✨💞すめみま
罪悪感という影が静かにほどけるとき、
あなたの本来の光は、何の努力もなく
そのまま現れてきます。
罪悪感の解放は〇〇との罪悪感とご指定下さい。
2025.11.23

