運命を超えた自己創造へ

老化による痴呆とは自分が無くなり神の輝きに戻る過程となることもある

そこに繋がる事に驚きました!

前回ご紹介の小学6年生の女の子のお母様からのメールの追伸部分を使わせて頂き、真我合一を痴呆症から今日は見ていきます。自分を愛する事についても母の例で書いてみました。ヒントになればと思います。

前Blog http://sumemima.com/?p=20482

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追伸

お父様のことが気掛かりでした。

伺った時にお父様とお母様がデイサービスから帰宅されて、お父様が元気いっぱいに、ただいま〜と何度も仰っていて、可愛いなあとホッコリしました。

お母様が亡くなられて、お父様が心配でした。母がお母様にお花をお供えさせて頂きましたが、わたしはお父様に甘いおやつを持参しよう思っていた矢先です。

可愛らしいただいま〜!が聞けないのは私も寂しいですが、仲良しのお二人が離れ離れは可哀想だったから、またすぐに2人一緒に仲良し手を繋いでいますね‼︎そう思ったら心が温かくなりました。

そして新しい家族、娘さんの坊やが来てくれて、すめみまさんも寂しくないように神様はしてくださっているのかな。

らっちゃん(ネコちゃん)が亡くなった時、娘が情緒不安定が酷く、すめみまさんがすぐにセッションしましょうと、してくださいました。その後まもなく産まれた犬クロエは半年後に私たちの家族になりました。

愛のバトンはちゃんと繋がっているのかなと思います。

私もすめみまさんが大大大好きです。

もし、寂しく思ったら、私や娘や母もすめみまさん大好きのハートいっぱいですので、感じてください💓

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IMG_5759(母のイメージは芍薬の花、私も香りも色も好きなお花です✨)

🌟すめみま…

ご実家がご近所で御神酒をお持ち頂いた時の事ですね。ありがとうございます✨

以前は父の大好きな甘いお菓子をお持ち下さいました。お気持ち本当にありがとうございます✨真中神の世界では愛でみんな繋がっていますからみなさんの真心は常に感じています

父の”ただいま〜”は本当に元気でした。

父は明るく元気で、陰気な話のテレビはすぐチャンネルを変えていました。

戦争を経験していますから暗いものはもう懲り懲りなのでしょうね。

母もドアの前では介護士さんの手を取って何度もありがとうと別れを惜しんでいました。

母は、ディサービスに行った事すらその後すぐに忘れてしまうのです。

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痴呆症は、その家族が思いやって幸せに日々ストレス無しに生活出来る様にしてあげる事が出来たなら

自分が消える過程にスムーズに移行できるのではと母の例から思います。

自分とはおのれを分けると書きます。

私たちは様々なものが寄り集まって出来ている様なものです。程度の違いだけで、精神疾患でなくとも私たちは分裂しているのです。

その様な人間の自分を受け入れる事も自分を愛する上では必要と思います。

ここ1年くらいで母は現在を生き、自分が薄れていきました。そして目の前に見える人を思いやって生きていました。

どの様に変化したかと言うと、自分がこうしたいああしたいという欲がまったく無くなって、心配するという事もありませんでした。母の自分が消えていく過程を私は興味深く観察していました。

元々強い執着は持っていない、人を優先する人でした。お食事も「美味しいわね〜ありがとう」と言うのですが、痴呆症になってからは特に父が欲しがれば全部あげてしまい、ちゃんと食べるか見ていないとならない程でした。

痴呆症になってお金の執着が強く出る方もおられます。「自分のお金がなくなった誰か盗んだのではないか」というようなエゴが逆に強くなる方もおられますから、皆んながみんなそうなるという訳ではないのかも知れません。

“母はただ目の前の外側の現実を見て、でもそれに囚われず行動して生きるようになりました”

夢遊病者の様になるのではなく家事も私を助けようと簡単な事はしていました。

自我がなくなり真我霊という内側の真我と溶け合ってくると、なんと驚く事に内側が無くなるのです。

我が無くなるのですからそうなるのです。

神が消えた状態とも言えます。

内側が無くなり目に映る現実の外側だけただ見るステージに入り迷いもなく行動も決まってきます。

自分がないのでそれを恐れる自分もありません。

父が亡くなった時に父の遥か上に一番星の様に母のエネルギーが見えました。

本来、人はそうやって真中神の世界に自然と帰還していくのだと思います✨

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母は別に自分を愛する事を意識的に実践していた訳ではありませんでした。周りの人達には決して見せませんでしたが、亡くなった後に日記をみて分かりましたが苦しむ事もありました。

そんな時も母が自分を貶める様な所を見る事はありませんでした。

どうにもならない現実は誰の身にも起こりますが、娘が自死した時すらいつも静かで、嘆き苦しむ姿を私は見ていません。

どうにもならない事に対して、仕方ないという受け入れの姿勢をいつも感じます。

“なるようになる”が口癖でした。これは神にお任せという事です。

余計な心配をかけないようにと父にも言わず、傍観するのでもなく逃げずに自分ができる事を一生懸命していました。

“自分を愛する”

かなり私たちは重症なので”自分を愛する”こんな言葉を使わなければならなくなったのかも知れませんが、

エゴでなく真中神の心を選ぶ事が自分を愛する事なのだと個人的には思います。

スピリチュアルな事もまったく知らない母を見ていると自分を愛するとか、真中神を生きるとか、何もかもわざとらしく思えてくるのです。。自分を貶める思考が無いことが自分を愛していることなのかも知れません。

人を裁きの心で判断すれば、自分の事もその様に見ていることになりますから、自分を愛してはいない事になります。

そう言った心もなく常に自分も他人も自然と許し過去を許し生きているようでした。

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今日もお読みいただきぁㇼゕ̎と੭່ごㄜ¨ぃまਭෆ❛ั︎◡︎❛ั︎ෆ✩⃛︎*⁎ミコリン✨思うがままに取り留めない感じですが書かせて頂きました。

母の日記が出てきて書く事で苦しみを解放していた事が分かりました。自分や人を責めるのではなく、仕方ないどうにもならない事を受け入れていこうとしている姿でした。皆さまからもお母さまの素晴らしさ偉大さを伺う事は多いです✨何があってもどうであろうと改めて私たちは素晴らしくみんな神なのだと感じます✨

真中神を生きるとき、過去も未来も同時に変化します。過去の記憶もあたたかな宝物となるのです✨

sumemima | 運命を超えた自己創造へすめみま

2025.2.3